ハンチバック

読書

「我に天祐あり」

本日は第169回芥川賞受賞作品である「ハンチバック」について感想等を述べていきます。

     ハンチバック 市川沙央
井沢釈華の背骨は右肺を押しつぶす形で極度に湾曲している。両親が終の住処として遺したグループホームの、十畳ほどの部屋から釈華は、某有名私大の通信課程に通い、しがないコタツ記事を書いては収入の全額を寄付し、18禁TL小説をサイトに投稿し、零細アカウントで「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」と呟く。ところがある日、グループホームのヘルパー・田中に、Twitterのアカウントが知られていることが発覚し――。

引用:文藝春秋 腰巻

感想等

本書を読んで

雷に打たれるような衝撃。思わずその日に3周してしまった作品はハンチバックが初めてでした。

私とは見てきた世界があまりにも異なりました。

まず本書は書いている市川さん自身が重度障がい者であるという当事者でありながら、小説において重要である客観性を全く損なっていません。これによりフィクションとノンフィクションの世界が入り混じりつつも違和感が全くありません。本書が短めであることも相まってとても読み切りやすい作品です。

また、難病の方々が抱える現実やその心境といった実態をユーモアを含めつつ描写した数少ない作品であるとも考えます。当事者でありながら作品を書ききられたその体力・胆力に驚かされます。

最後に、復讐。強い怒りを私は本書から感じ取りました。後述しますが、市川さんは芥川受賞式にてこのようにお話しされています。

「ハンチバック」で、復讐をするつもりでした。

他にも記者会見では様々なことをお話しされていましたが、作品や会見を通じて感じた強い怒り。普通の人間では心が壊れてしまうような暴力性。しかしながらそれすらも読者を作品に引き込む強烈な魅力となっているように思います。

芥川賞受賞記者会見にて

本書を読了後、本書を執筆した人間がどのようなものであるか興味を抱き、Youtubeで芥川賞受賞記者会見を拝見しました。会見を通して印象的であったのは、読書バリアフリーでしょうか。

読書バリアフリーとは、だれもが読書を楽しめるような環境を整えることです。例として、本のデジタル化による場所を選ばず手軽に本の内容にアクセスすることができるような環境づくりを指します。

私は上にあります写真の通りですが、紙の本で購入しました。私事ではありますが、電子書籍は全く触れてきていませんので本書購入の際も当然のように書店で購入しました。多くの人間は同様に当たり前に紙の本を購入し、紙同士が擦れる音や物体的な温もりのようなものを感じることでしょう。私もそうです。

これに対し本書には以下の表現があります。

「私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること」

「その特権性に気づかない『本好き』たちの無知な傲慢さを憎んでいた」

健常者中心の暮らしに一石を投じる、鋭い指摘です。実際、読書バリアフリー法という法律が2019年に成立しており、点字の本のほかに文字が大きく書かれたものや内容を音声化しダウンロードするサービスを展開する民間企業もあるようです。

環境を整える動きがある一方で、まだまだ世の中には読書バリアフリーが進んでいない作品も数多く存在します。市川さんは作品や記者会見を通じて、さらなる読書バリアフリーの進化が急務であると主張していました。

ハンチバックとは

私お恥ずかしながら、本書を通じて「ハンチバック」という単語を初めて認識しました。ハンチバックの元は英語で「hunchback」であり、せむしの人という和訳です。せむしの人って何ぞやと思った方、私もです。せむしの人とは、背筋がたわんでおり猫背のようになってしまっているような状態の人を指す言葉です。本書の主人公や市川さんはまさに「ハンチバック」であり、単語からその痛々しさが伝わってきます。

本書では主人公である釈華が自らを「せむしの怪物」と表現しているが、差別用語+怪物という構成のこの言葉にはどうあがいても健常者には劣ってしまう自身の劣等感であったり、あるいは世間からの疎外感からくる自己否定の心情がせむしの怪物、ハンチバックという言葉で表現されていると感じます。

まとめ

私は本書を他人にお勧めできません。

ブログを書いておきながら何を言っているんだといったところでしょうが、一周読み終えて私は率直にこう感じていました。痛々しい描写、作者から感じる強い怒り―――。

市川さんも執筆中は世間に対する怒りをモチベーションとしていたとお話しされていました。一方で何度も読み返し、記者会見を拝見する中で前向きな市川さんに触れることができた気がしました。

健常者であるからこそ感じた言葉にし難い弱者に対する感情。一方そのような方々は様々なハンディキャップを抱えつつも前に進んで生きている。何一つ不自由ない私たちだからこそ、このような方々の権利を守るような、そんな努力が必要であると感じました。

私は慈善活動の人ではありません。日々の生活、自身の安全を守るので精一杯な一大学生にすぎません。一方、このような本に出会いこうしてブログを執筆していることも何かの縁に思います。私の最終目標である若者の活字離れ現象に抵抗するという意味も込めて、私は本書を他人にお勧めします。

以上。

追記:私は紙の本が大好きですので、これからも書店で紙の本の購入をしていきます。

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